女子力を競うのはやめて、自分らしさをアピール。お手本は帰国子女?


今年の初め頃、その子のことを大学生のころから知ってる、27歳の女の子に、久しぶりに会った。

5年ぶりくらい。彼女は東京生まれで難関高校から難関大学を経て、今は専門職として活躍している。

で、最近彼氏と別れたのだという。恵比寿のスパニッシュバルで、一緒にビールを飲みながら、彼女はこう言った。

「彼氏、欲しいですよね。でも、彼氏とデートするときより、女子会の時の方が化粧に気合いが入るんですよね。女子会は少しめんどくさい」。

女子会がお互いの女子力を確認する場になっていて、女子力というものが、外見にばかり力点を置いて語られることは、すでにこのブログで述べた。

「女子同士って、セクシー過ぎてもいけないし、オシャレに手を抜いてもいけないし、外してはいけないオシャレとうのがあって。女子会のドレスコードは厳しいんですよね」

さらにこの子はこんなことも言った。

「最近、男子も混じってる呑みでは、わたし、自分の学歴を隠そうと思うんです。男の人は、女性より有意に立とうとするでしょ。学歴言うと男の子から引かれることがあるんです」

彼女は超難関大学の修士課程を修了している。

ぼくはそんな彼女にこう言った。

「隠す必要なんてないよ。学歴で尻込みする男なんて所詮度量が狭いのだから、そんな度量の狭い男を排除できて便利だくらいに思う方がいいよ」

彼女はしばらく考えていたけど、「すっごく腑に落ちました。これからは自分らしさをアピールして、自分を好きになってくれる人を探します」と笑いながら言った。

そう、まさに、自分らしさが、今の女性たちのキーワードなのだ。教科書的な女子力(このブログでも過去に説明したが)に疲れたら必然的に、女の子は自分らしさに向かう。

そうだよ!と僕は励ました。

「あー、帰国子女のように自由になりたいな。着るものもお化粧もマイペースでいきたい」と彼女。

そう。帰国子女は、自分らしさのひとつのお手本となっているのだ。

これはある意味当然かもしれない。特にアメリカや西ヨーロッパに住んだ経験のある帰国子女の場合、宗教改革後の個の自立を前提とした、個人主義のカルチャーを身につけている。

他の女子の視線を気にして、短いスカートを履くことを躊躇うこともなければ、呑み会だからといって、アイラインに時間をかけたりしない。

ああ、自由でいいなぉ。そんな感じなのだ。でも、海外生活経験のない、純粋ジャパニーズが、本当に帰国子女のようになれるだろうか?

自分らしさってなんだろう?が、これからの課題になる。

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